スーパーホテルで働くベンチャー支配人の情報メディア

【前編】親の老後の面倒を見るために支配人にチャレンジ!30点の自分から「1位」を目指すきっかけ

「お店を開きたい」「独立したい」夢を叶えたい方を応援する『Super Dream Project』。

夢の実現シリーズではこれまで夢を実現された卒業生を紹介してまいりました。

今回ご紹介する卒業生は、「親の老後の面倒をみるため」にスーパーホテルへ挑戦された、"誰かのために動けるパワー"をお持ちのF元支配人です。

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年間稼働率全国2位の実績を上げ、ビジネスホテル「やどまる美祢」をオープン

Fさんのこれまでのご経歴についてはこちら。

  • 2012年11月  スーパーホテル高岡駅南 着任
  • 2014年11月  スーパーホテル千葉駅前 着任
  • 2016年11月  スーパーホテル契約満了により卒業
  • 2017年12月  【やどまる美祢】オープン

Fさんは卒業前に「年間稼働率全国2位」の実績をあげ、その経験を活かしたいという想いから、現在はビジネスホテルやどまる美祢】をオープンして経営者に。

実は、スーパーホテルで支配人の仕事を始めてすぐの頃は、研修期間が延長になるほど習得が追い付いていなかったというFさん。一体、何がきっかけで、ここまでFさんの心を動かし、実績をあげることができたのでしょうか?

 

そこには、ある方との出会いがあったそうです。

Fさんの人生を変えてくれた、スーパーホテルでの出会い、経験など、熱い想いを語っていただきました!

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支配人応募のきっかけは、親の老後の面倒を見るため

――支配人にチャレンジしようと思ったきっかけは何ですか?

 

Fさん:

私はもともと、インディーズバンドのボーカルとして音楽活動をしながら大手レンタルDVD店に勤務していました。

所属事務所からもだいぶ力を入れてもらっていて、将来はメジャーデビューを目指していましたね。

と同時に、「自分が母親の老後の面倒をみる」という覚悟もあり、そのことについて真剣に向き合おうと考え始めたのがきっかけです。

そこで見つけたのが、『Super Dream Project』でした。

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――奥様はすぐに賛成してくださったのですか?

 

Fさん:

「母親の老後の面倒を見ることも考えて、スーパーホテルにチャレンジしたい。一緒にやらないか?」

と妻に相談したところ、

「いいよ!やろう!」って。

妻は、音楽活動にしても、スーパーホテルへのチャレンジについても、いつも私のやりたいことを応援してくれるんです。

妻となら一緒に頑張れる、そう確信し、応募を決意しました。

 

その後、着任前に業務委託契約を締結するための調印式がありました。

山本会長から「夢は何?」という質問に、何組かのペアは「カフェをやりたい」などと夢を語っている中、自分たちは「親の老後の面倒をみるためです」と答えました。

「人の為、親の為に動けるあなたはパワーがある。」

会長から思いがけずそのようなお褒めのお言葉を頂けて、驚いたと同時にとても嬉しかったですね。

多角的な視点をもって相手の良い部分を見つける、会長の偉大さを感じました。

信頼してくれる先輩支配人との出会い

――研修は順調でしたか?

 

Fさん:

スーパーホテルでの研修期間、決して順調ではありませんでした。

習得が間に合わず、研修期間が延長となり、かなり苦戦しましたね。

「副支配人は大丈夫だが、支配人は着任しても大丈夫なのか」と心配されるほど(笑)。

点数をつけるとすれば、「支配人30点、副支配人70点」のような状況でした。

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――研修延長後、着任まではどのようにして知識を習得されたのですか?

 

Fさん:

着任前に、名古屋にある先輩のI元支配人の店舗で1ヶ月修行することになりました。

今思えば、私にとってのスーパーホテルは、I元支配人との出会いがすべてです。

一緒に店舗で業務していく中で、I元支配人の「仕事への取り組み方」「1室に対する売上への執念」「アテンダントスタッフへの教育」「ルームアテンダントスタッフへの接し方」などを間近で見させていただき、支配人としてのお姿・熱意を肌で感じました。

 

――I元支配人のもとで働いていた際、印象に残っていることはありますか?

 

Fさん:

I元支配人が自分を信頼してくれたことです。

私は修業中にも業務のミスがあり、特にルームコントロールはミスを恐れて手が震えてしまうこともありました。

その姿を見て、周りからは「ルームコントロールの業務は副支配人に任せた方がよいのでは?」という意見がある中、I元支配人だけが「Fさんなら絶対できるから、Fさんがやればいい」と信頼してくださったんです。

その一言で私の心は変わりました。

「I元支配人の信頼に応えたい」と心の底から熱意がわいてきました。

「できない自分のままで高岡に着任して、周りから助けてもらってばかりの支配人にはなりたくない。

教えてくださったI元支配人の顔をつぶしたくないし、信頼だけは裏切りたくない。」そう思うようになりました。

 

名古屋のI元支配人のもとを離れ高岡に着任するまでの間、着任後の経営戦略をたてていました。

毎日、高岡エリアのマーケティングをネットで調べてみたり、プランや料金を考えたりと、着任前にたくさん勉強しましたね。

※ルームコントロールとは...
閑散期や繁忙期によってお部屋の値段を設定し、ホテルの客室を有効活用する施策。
じゃらんや楽天トラベルに各何部屋ずつ、宿泊費用をいくらで出すかなど、支配人の手腕が問われる業務です。

戦略がうまくいき、稼働率が一気にアップ!

――高岡着任後、経営は順調にいきましたか?

 

Fさん:

高岡に着任後、経営戦略通りに実践しました。

戦略がうまくいき、稼働率が一気に上がり、安定して常に宿泊数上位にいる店舗にできました。

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――I元支配人とはその後も連絡をとっていらっしゃいますか?

 

Fさん:

高岡に着任後も、「いつでも頼りにしてきてくれていい」と心配して連絡くださっていましたね。

営業終了後に電話をくださって、いつも心の支えになっていましたし、心強かったです。

私が「やどまる美祢」をオープンさせたときも、オープン日に駆けつけてくださったり、今でもときどき会いに来てくださいます。 

 

I元支配人は、当時は業務委託契約のベンチャー支配人をされていらっしゃいましたが、現在はスーパーホテルの社員としてご活躍されていらっしゃいますよ。

 

――I元支配人の存在はとても大きかったんですね。

 

Fさん:

I元支配人に出会っていなければ、今ここにもいなかったかもしれません。

そして、あの時もし信用してくれなかったら「30点の支配人」のままだったかもしれません。

「Fさんならできるから」と信じてくれたこと。

その信頼を裏切りたくないという気持ちだけで、がむしゃらに4年間やってこれたんだと思います。 

ルームコントロールや接客など、各業務の分野で長けている方も素晴らしいですが、「人を動かす事ができる」人はなかなかいないと思います。

そんな人に出会えた、スーパーホテルには感謝しかありません。 

様々なトラブルにも対応し、ドラマのような経験も!?

――業務において印象に残っていることはありますか?

 

Fさん:

いろいろと経験させていただきましたね。

まず大変だったことは、2店舗目で給水加圧ポンプが2基あるうちの両方が故障したことですね。

夜になると、徐々に10階、9階、8階...と、だんだんと客室の水やお湯が出なくなって、ご宿泊のお客様には大変なご迷惑をお掛けすることになりました。 

なんとか業者を手配して修理をお願いしたんですが、修理完了までには1ヶ月ほどかかりました。

修理期間中は、お客様を他のホテルにご案内するなど、クレームや対応に追われる毎日でした。 

なんとか乗り越えたものの、今思えば一番大変だったなと思います。

 

でも当時は、「毎日どうやってお客様に快適にお過ごしいただけるか」ということばかり考えていたので、しんどいという気持ちよりもお客様への想いの方が強かったんですよね。

 

――大変なトラブルでしたね。他にはどんなご経験をされたんですか?

 

Fさん:

他にもいろいろとトラブルはありましたね。

 

宿泊者ではない方が入ってこられて、かなりお酒に酔っていらっしゃったこともあり、エントランスを荒らされてしまったことがあったり。

 

あとは、ご宿泊のお客様が客室から警察に電話をかけ、犯罪を自白したという事件もありましたね。後にイタズラとわかりましたが、その時はホテルにSATが来るなど、対応に追われました。

 

今思えばドラマみたいなトラブルがたくさんありましたが、お客様の安全第一で警察と慎重に対応を行いました。

副支配人と完全分担。1位をとるために執念を燃やす日々

――副支配人との関係性はいかがでしたか?

 

Fさん:

妻(元副支配人)は休日に美術展や旅行など外に出かけることが好きなので、最初の頃は2人でよく食事に行ったり出かけていましたね。

そんな中、I元支配人がスーパーホテルの社員になられて、店舗担当をされることになったんです。

そこでまた、「I元支配人の期待に応えたい」とスイッチが入り、"ベストプラクティス(社内の制度)を取って卒業する"という目標を持つように。

また当時1位だった支配人に絶対に負けたくない、勝ちたい、という想いで運営のアイディアを考えたり、仕事に没頭する日々でしたね。

 

仕事をしたいという気持ちが優先して、休日に出かけたりする機会も減ってしまい、妻には不自由させてしまったと思います。

 

――お仕事はどのように分担されていらっしゃいましたか?

 

Fさん:

午前中の業務は妻が担当、14時にバトンタッチ。

妻にはオン・オフをしっかり分けて自由な時間をもってもらえるように、業務の分担をしっかり行って、「妻がオフの間は助けを求めない」ということを心がけました。

 

近くでイベントがあったときは、私1人で一気に50件チェックインしたこともありましたね。

逆に、妻が働いている朝の時間は、私を起こさないように頑張ってくれていたんです。

 

妻は自身のやるべき業務を時間内に完璧に遂行するタイプでしたし、互いにうまく分担できていたと思います。

仕事をする上でとても良きパートナーでしたし、私の「1位をとりたい」という目標も全力で応援してくれていたので、本当に感謝しています。

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卒業後に「独立」の道を選んだ理由

――なぜ卒業後に独立の道を選択されたのですか? 

 

Fさん:

「スーパーホテルでの業務委託契約4年満了後、40歳過ぎてどうしていくのか。子供もほしい。」

そんなことを思いながら、卒業後の道についてはずっと悩んでいました。

もちろん、スーパーホテルで続けていく道を選ぶことも選択肢にありました。

 

そんな中、卒業前に年間稼働率を全国2位まで到達することができたので、「この経験を活かしてビジネスホテルの経営をやってみたい」と思うようになったんです。

 

支配人として働きながらも、少しずつ時間を作り、夜中に起業に関するYouTube動画を見たりしながら、ホテル開業に向けて勉強を始めていきました。 

卒業後については後編へ続く!

「人との出会いで人生が変わる。」

Fさんの語ってくださったエピソードから強く伝わってきましたね。

 

スーパーホテルで年間稼働率全国2位の実績をあげて卒業後は独立の道を選択されたFさんは、その後ビジネスホテルを開業されました。

開業時には「ローコスト運営」を意識してご自身で様々な努力をされたそうですよ。

 

また、スーパーホテルでの経験が、結果として「親の老後の面倒を見るため」という最初の目的のためにもなったのだと語っていました。詳しくは後編をご覧ください! 

www.sh-dream.jp